2019.10.03

板垣恵介先生×板垣巴留先生 対談
レジェンドインタビュー

発行部数7500万部超えという途方もない金字塔を打ち立てた伝説級格闘マンガ「刃牙」シリーズ。
今もその右手で闘う男たちを描き続けている豪腕・板垣恵介先生が、満を持しての登場!!

お二人は普段からよく顔を合わされるんですか? 板垣恵介(以下、恵介) 月に1、2回ぐらいかな。食事だね。

そういうとき、漫画の話はされるんですか? 恵介 よくするね。漫画の話多いよ。

巴留 多いね。

恵介 実制作の話ね。そっちは先輩面できるから(笑)。作品内容にはあんまり口出さない。

それはフツウの漫画家さん同士の会話と一緒ですね。 恵介 そうだと思うよ。

巴留 デビューしてからはやっぱそういう話になりますね。

巴留先生がデビューされる前は漫画の話は? 恵介 してたね。どんな漫画が面白かったみたいな話は。あと「あの映画が面白かった」とか。特に変わった話はしてなかったよ。

巴留 バイトの話とか面白く聞いてくれてたよね。私の苦労話というか、貧乏話を(笑)。

恵介 バイト話は好きだった(笑)。

巴留 大学時代、一人暮らしでずっとうどん屋でバイトしてたんですけど、全然使えないアルバイトだったんで、その失敗談をよく笑い話にしてましたね(笑)。

巴留先生は大学で映画制作を勉強されていたんですよね? 巴留 そうですね、映画を作る側に関われればと思ってたんですけど、ちょっと向いてないなと思って漫画の方に。

大学で同人誌作るために漫画を描き始めたそうですね。 巴留 そうです。大学生になってからちゃんとコマ割って描き始めました。

その同人誌を板垣先生が見たんですね。 巴留 何で見せたんだろう。今考えるとよく見せたよなと(笑)。

恵介 「これ…」って見せたんじゃないの?学内で売るにしては売れたって言ってた。

巴留 そもそも資金がないから50冊ぐらいしか刷れないんですけど。

それは映画作りと同じ感覚で? 巴留 同じ感じで考えてましたね。お話作るとか絵を描くとかって

板垣先生はそれ見るまで巴留先生が漫画描いてるの知らなかったんですよね? 恵介 いや、びっくりしたよコマ割りまでしてんだから。

巴留 そうなんだ(笑)。

恵介 欠点はもちろんあったけど完成されてたんで。俺は小池一夫先生の劇画村塾出身なんで、キャラクターが起ってるかをまず見るんだけど、それがもうしっかり出来上がってたから。だから、レゴシが登場したときに、俺本人に、お前多分このオオカミに食わせてもらえるぞって言ったもん。

巴留 言ってくれたね。

恵介 既にそれぐらい完成度が高かったのよ。キャラが固まってた。それが新人はできないから。うわ、こういうことがもう出来てるんだって。そもそも、中学生の時に作文を見て、これはもう作る側の人間だなっていう風には思っていた。

どんな作文だったんですか? 巴留 こっそりネットに映画のレビューを書いたんです。中学生の時はとにかく暇で、すごく映画を観て、感想を書いていたのを私が知らない間に母が父に見せてて。それで初めて父とちゃんと会話したんですよね。

恵介 これはちゃんと話さなきゃダメだなと。ガキだと思ってけど、その文章読んで「ああ、これはもう大人の感性だ」と分かって。 子供のふりをして擬態かましやがって、みたいな言い方をした。

巴留 ああ、言われた(笑)。

恵介 お前、学校の教師とかバカに見えるだろ、って言ったのは覚えてる。

巴留 言ってた!懐かしい。びっくりして慌てて否定しましたけど。

恵介 これはもう作る側、クリエイターになるなって思った。むしろあまりにも創作側に特化してたんで、普通の感覚、普通の才能、或いは才能を持たない人を馬鹿にするようなことはやるなよって戒めてた。

その会話は憶えてます?
かなり長い時間話したんで覚えてますね。私としては、いきなり父との距離が急接近した会話だったんで。大袈裟なんじゃ…と思いつつ、その時間はとても嬉しかったです。

板垣先生が凄く忙しくしているのを見て漫画家という仕事はどんな感じだと思ってました? 恵介 間近で見てないよ。

巴留 そうですね。

恵介 家にいないことによって忙しいことを知るっていう形じゃないかな。

巴留 うんうん。

じゃあ実際に描いてるところを見たりとかは? 巴留 ないですね。家で、頼まれた色紙を描いてるのを見てるぐらい。それは貴重な時間だったなと今でも思いますけど。

恵介 でも原稿じゃないからなあ。だから、こういう仕事(サイン描き)もあるんだな、ぐらいじゃない?

巴留 そうですね。

恵介 俺が「プロとしてやっていきたい」っていう話を聞いたときに、俺から言ったのは、もう俺を見ているから、何が手に入り、何が入らないのかを見てきたろうと。だからやりたいのならやったらいい、ぐらいの感じだった。

巴留 うん。全然心配したりとか、止めたりとかというのは全くなくて、前向きな……前向きと言うかフラットな目線で言ってくれましたね。今考えるとそれもすごいなって思います。もし仮に私の子供が漫画家目指すって言ったら、私は止めるかもしれないって思うから(笑)。

恵介 ひとつだけ、普通の仕事を一回はやっとけって条件をつけたんだよ。それを経ると才能で食えることの価値が分かるから。でも就職試験を全部落ちやがって(笑)。いきなりプロで始めなきゃいけなかったっていう。でも、うどん屋のバイトの3年で十分挫折を味わったみたいだし、まぁいいかって。

「刃牙」と「ちゃお」がルーツ!
やべぇ新人デビュー!!

『グラップラー刃牙』は読んでましたか? 巴留 めっちゃ読んでました(笑)。そもそも『刃牙』以外の漫画があまりない家だったんで。私は『刃牙』と『ちゃお』を読んで育ってきたんです(笑)。

すごい落差がありますね(笑) 巴留 ですよね(笑)。少女漫画ですごい綺麗で可愛いキャラクターの優しい世界を読む一方で、薬物の影響で地下闘技場でゲロめっちゃ吐くジャック・ハンマーのシーンにすごい衝撃を受けるわけですよ。こんなふうにキャラクターを痛めつけて、それでもなお話が美しい、そんなことができるんだって。漫画の幅広い無限の可能性が、私の中で『刃牙』と『ちゃお』でめちゃめちゃ広がってたんですよね。

“美しさ”の両面に惹きつけられたんですね。 巴留 そうですね。だから、残酷な話でも、人間の美しさみたいなものが描かれた映画がすごい好きで、そういうのを求めるようになってましたね。だから『BEASTARS』は父からの意見をもちろん仰いでないし、違う作風だと思いたいけど、知らず知らずに影響はあるのかもなぁ、とは思いますね。

『刃牙』も『BEASTARS』も生と死を描く話なので、親子でそれをテーマにするというのはやはり関係あるかもしれませんね。 巴留 どうなんだろう、あるのかな。

恵介 あるある(笑)。

巴留 だそうです(笑)。多分、私も父も最初の担当が沢さん(前『週刊少年チャンピオン』編集長)っていう共通点が大きいんじゃないかと思います。連載が始まる時、1話1話読切りのような読み応えを意識するように沢さんに言われたんです。1話主義みたいなところに担当さんの共通点があるのかなと。

沢  板垣先生に最初に連載していただいた時に担当していたんですが、『刃牙』はとにかく1話1話、毎週面白く続いていったんで、そうあるべきだと思ってたし、それは皆さん同じ気持ちで描かれてると思うので、そう言ったんです。

沢さんが巴留先生の担当されたのは偶然ですか? 沢  もちろん最初に板垣先生から巴留先生の同人誌を見せていただいて、是非私にもできることがあればみたいな感じでいたら、本当に持ち込んでいただいたんです。

恵介 一応目を通してくれないかって沢ちゃんに見せたら、「ちょっとこれ一回会わせてもらえませんか」って言われたんだよ。

沢さんは巴留先生の同人誌を見てどう思われたんですか。 沢  すでにレゴシが出ている『BEASTARS』の世界が描かれていて、素晴らしい世界観とキャラクターと、手触り感とか、すごくグッとくるようなシーンがあったんで、明らかに素晴らしい才能があることはわかりました。ただ、もちろん当然のことながらプロの作品じゃないから、本気で漫画家を目指すか気持ち次第だなと思ってました。それで最初の打ち合わせに、やはり『BEASTARS』の世界の読切りのネームを持ってこられて、正直それはあまり作品としては微妙な感じだったんです。見づらかったり分かりづらかったり、入り組んだりしてて、ここはこうした方がいいんじゃないのとか、普通に打ち合わせをするんですよ。それで2回、その読切りについて打ち合わせをしたら、3回目に「あれはやめました」って描いてきてくれたのが、『BEAST COMPLEX』の第1話の「ライオンとコウモリ」だったんです。あれがいきなり出てきたんです。それまでもいいモノもあるしセリフにも光るモノがものすごくあるんだけど、漫画ってそれがちゃんと作品になるのには実は100光年ぐらい離れているようなところがあるんですよ。それが、ある日本当に突然、飄々と当たり前のように持ってきたんです。「あ、これは」って思いました。

恵介 デビュー決まりかかってる時に沢ちゃんに「まず間違いなく売れるから」って言ったんだよ。それで『BEAST COMPLEX』が始まった頃には確信してたよ、やっぱり紛うことない才能がある!って。沢ちゃんももうそう思ってる感じだった。「この程度で驚いてるんだったらこの後もっと驚きますよ」って言われたから。それで2話3話と読んで、もう、娘というよりはやばい新人が来たなっていう感覚が俺の中では芽生えてたから。

そこで面白くない漫画だったら板垣先生は漫画家になることを反対しました? 恵介 しないで、面白がって見下ろしていたと思う(笑)。その時は「漫画家って大変だろ、俺ってすげーだろ」って、そういう関係性を楽しもうと思ってた(笑)。

そんな事にならなくて良かったですね(笑)。 巴留 良かった…(笑)。

新人の漫画を見てそう感じることはあまりない? 恵介 25年描いてて初めてだった。本当にやべえ、過去の新人とは別格に違ってたよ。初めて身を脅かされる存在がこんな近くにいたかっていう感じだった。

それは巴留先生は言われたんですか? 巴留 絶対に嘘は言わない人だということは分かっていたので、褒めてくれて嬉しかったですね。

的確なアドバイスをさらっと。
言った本人は、憶えておらず!

沢  憶えてるのは『BEAST COMPLEX』終わって次に連載考えましょう、月刊と週刊どっちにしますかって聞いたら「えー、どうしようかなー、私わりと手が速いから週刊で大丈夫です」とか言って(笑)。

巴留 そんな言い方してない!(笑)

沢  いやいや、そんな言い方だった!

恵介 「週刊やりましょうか」って聞いたら「いいですね」って言われたって沢ちゃんから聞いたよ。随分あっさりした話だなぁと(笑)。「2軒目行きましょうか」みたいな(笑)。「うわー、良い時期だな今」と思った。これはやれるんだろうなと。

巴留 始まってからは痛い目に遭いましたけど、何度も(笑)。

恵介 よかったよ、早い時期に痛い目にあって。

巴留 そうかもね。

『BEASTARS』の連載が始まってどうでしたか? 恵介 まず間違いなく売れると思った。持って生まれたなって。本人は未熟だと言ってたけど、ボクサーで言うならめちゃくちゃ強打者だったから、全然大丈夫、これは勝負できるし勝てる、そういう風に思ったよ。

巴留 でも今の私が見ると、BEASTARSの序盤は絵もネームもぐちゃぐちゃなのでナーバスになってたんだなぁって分かりますね。だから電話でポジティブなことを言ってもらえた時は励まされました。なんせ板垣恵介「先生」でもあるので。

何か具体的なアドバイスを板垣先生からされた事はありますか? 巴留 漫画のノウハウは本当に……あ、1、2個教わったことはありますけど、細かいことは全然教わってないです。

沢  原稿用紙の使い方が大胆に間違ってて、『刃牙』の原稿も見た事ないって言うんで編集部で浜岡(賢次)先生の『浦安鉄筋家族』の原稿をお見せしましたね。

教わった1、2個っていうのは何なんですか。 巴留 ネームの描き方を電話でさらっと教えてくれたことがあって。「1話のネームの中で、伝えたいことは三つまで」。あと、「見せ場までのクオリティを保つこと」、だったかな。

恵介 憶えてないけど、それは正しい(笑)。

巴留 その二つを、本人が憶えてないくらいに、すごくさらっと言われたんです。でも、なんかすごい大事なことを今言われた気がするって思って(笑)。

恵介 新人の犯す間違いはそれなんだ、これも言いたい、あれも言いたいじゃなくて、テーマを絞っていう話。

かなり具体的なアドバイスですね。 巴留 そうですね。

「刃牙」のとんでもなさを痛感…
1位はちょっときになるっ。

これまで親子である事を特に公表されてこなかった理由は? 巴留 まあ……いっぱいありますね(笑)。私が言いたくなかったんです。コネや七光りで載せてもらったって思われるが辛かったんで、実力で頑張んないとなっていう気持ちで、公にしてこなかったんですね。

でも漫画って七光りが通用する世界じゃないですよ? 恵介 それが分かんないんだもん。

巴留 いや、第三者は分からないかなって。

恵介 所詮きっかけ作りぐらいしか出来ないじゃない。それで現実に売れるってことは出来ないわけで。それがなかなか分かってもらえなかった。ここまで来てるのは完全に自力以外にないって言ってるんだけどね。絶対に遺伝じゃないからこれ。俺の作品を読んでて、そこで培われたものがあったとしても、遺伝ではないから。それはもう最初から言ってたんだ。お前固有のもんだからこれは、と。

沢  編集部では、板垣先生の娘さんっていうところで変にバズるのはあまり作品にとって良くないんじゃないかっていう話はちょっとありました。

でも「板垣」はそのままですよね。 巴留 そうなんですよね。今考えると、何で「板垣」のままペンネームにしたんだろうって思ってます(笑)。「巴留」も父に考えてもらったんです(笑)。

恵介 俺、姓名判断やるから。絶対に売れる名前にするっていうことで。

(笑)。「巴留」はどこから来たんですか? 巴留 その場で結構早く考えてくれたよね。

恵介 うん。あの……もう思い出せない(笑)。ウィークポイントを持たない画数で、語呂がいい、語感的に入りやすい、そんな感じかな。

では、作品もヒットしたし、親子であることを公表してもいい時期かな?ということですか。 巴留 まあ、そうですね。私が過敏にならなくなったというか。やっぱり週刊連載ってたぶん、人の心を強くするので(笑)。私も変わったのかなって。

週刊連載で巴留先生の見方は変わりましたか? 巴留 変わりましたね。まだ3年ですけど、仕事の本質が分かってくるにつれ、『刃牙』みたいにこれだけの巻数でヒットし続けてるってことのとんでもなさは痛感してます。

恵介 でも一方では、続くもんなんだなあ、とも思うだろう。続ける方法っていうのは確かにあるんだなって。

巴留 いやあ、でも『刃牙』は規格外の長さだから。

恵介 ただまあ、一話ずつを繰り返していくっていう結果じゃん?その一話をちゃんと完成させるっていう方法論さえしっかりしてたら、後は時間が経っていくだけだというのもあるから。まあでも、さすがに週刊で本物の苦労を味わったとは思うよ。3年で充分実感はしたと思うけどね。

では板垣先生にとって巴留先生はもう戦友ですか。 恵介 うん。同業者は全員そうなんだけど。

巴留 私はそんな風にもちろん思ってないですけど(笑)。

壁ですか? 巴留 いえいえ、本当、ありのまま、漫画家の父親です。

読者アンケートは気にされます? 巴留 少し。

やはり『刃牙』よりも上に行きたいなと思います? 巴留 行ければ、くらい(笑)。

沢  1位取ったときすごく喜んでたじゃないですか(笑)。

巴留 1位をとれたときは嬉しいですけど…(笑)。

板垣先生はアンケート気にされないんですよね? 恵介 うん、俺からは訊かない。単行本の売り上げだけ。それしか気にしない。ただ負けたって聞いたときには動揺した(笑)。うわ、本当に抜きやがったと思った。

それは、でも嬉しくもあるんですか? 恵介 もちろん。

巴留先生には板垣先生に「こうあって欲しい」みたいなことはありますか? 恵介 (笑)。

巴留 イヤイヤイヤイヤ、イヤイヤ、ないです、ないない(笑)。あ、でも……。

恵介 言えよ(笑)。

巴留 ……あの、『メイキャッパー』をまた描いて欲しい(笑)。私すごい好きなんで、いつかまた見れればなって思ってます。

恵介 それ、娘の視点じゃないから。読者の視点だから(笑)。

巴留 そっか(笑)。